2013年2月10日日曜日

喫茶店文化の再興を

思い出の喫茶店はありますか

 私は、宮本輝氏の川三部作が好きだ。氏の宗教的背景は別として……である。

下記のニュース記事をざっと読んで、そんなことを思い出した。

  Tieton’s cafe served up life lessons for teenager

 閉店を惜しむ人のこの記事から、Tieton’s cafeはどうやら地域の名店であったことがわかる。

日常に少しだけ食い込む非日常

喫茶店はそんな存在である気がする。宮本輝氏の『道頓堀川』には、主人公が住み込む喫茶店が出てくる。同作品に欠かすことのできない舞台だ。

もちろん、人生を感じさせる、重苦しく不思議な空間だけが喫茶店の醍醐味だとは思わない。ただ、ドトールやスターバックス、タリーズといったセルフ式のコーヒー店ではほとんど味わうことのできない交流が「馴染みの喫茶店」にはあったりする。

それは自分の居場所であるかもしれないし、他社との濃密な交流の場であるかもしれない。

コーヒーを飲みながら

自宅や勤務先からほんの少し歩くだけでたどり着くことのできる場所。

マスターにコーヒーをドリップしてもらい、ときにはマスターだけでなくお客同士で世間話をしたり、ちょっとした議論をしたり。肩ひじ張らない交流ができるのも、喫茶店の大事な役割だったのかもしれない。なぜ過去形で語るのかといえば、今では喫茶店にそのような機能を求める人が少なくなっているからだ。

喫茶店の再興を

家でも職場でも旅先でも、自分で淹れたおいしいコーヒーを飲んでいただきたい。

それと同時に、今一度、喫茶店という「場」の価値を見直し、喫茶店でコーヒーを楽しむ文化を盛り上げたいという気持ちがずっと無くならない。

コーヒーは好きだけれども、コーヒー越しに交わされる言葉や思い、人間模様の方がもっと素敵な気がする。

香しいコーヒーの香りがふと漂ってきたときに、見慣れた部屋だけがまぶたに浮かぶのではなく、繁華街や街の片隅…喫茶店の椅子に腰かけたあなた。人生のいろんな場面を懐かしく愛おしく思い出してほしい。

感傷的といわれるかもしれないけれども、喫茶店の価値が忘れ去られていくのを黙って見ていたくはない。

コーヒーマン

本当に、情熱的で人懐こい人が多い。毎日せっせとお店を準備して、一杯一杯おいしいコーヒーを淹れる人たちのハートは、なんと健気で美しいことだろう。

どんな思いでお店を開き、毎日お客さんを待っているのか。

マスターの表情やメニュー、世間話からそんなものを感じ取り、コーヒーマンを、喫茶店を、より多くの人に愛してほしい。

私もこれからまた、街に出ては、ひとつひとつの喫茶店を味わい、楽しんで行きたいと思う。


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